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東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)4049号 判決

申請人 藤田幸男

被申請人 山恵木材株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

申請代理人は

「被申請人は申請人を従業員として取り扱い、昭和三三年四月二六日以降本案判決確定に至るまで申請人に対し毎月二一〇〇〇円あての支払をせよ。」。との判決を求め、

被申請代理人は

「主文同旨」

の判決を求めた。

第二申請理由

一  申請人は昭和二九年中に木材売買の取次を営業目的とする被申請人に当初は三ケ月の期間を定めて、その経過後は期間の定めなく雇用されたものであるが、被申請人は昭和三三年四月二五日申請人に予告手当を提供して解雇の意思表示をした。

二  しかしながら、右解雇の意思表示は次の理由により無効である。

(一)  不当労働行為

1 被申請人の従業員の一部は昭和三二年六月一六日山恵木材労働組合(以下、山恵労組という。)を結成したが、申請人はこの結成運動の中心となつて活動した。

被申請人は東京新宿木材市場株式会社(以下、市場会社という。)との契約により同社の市場内に木材の取次販売のための場所の提供を受けているものであるが、かかる木材問屋の中で、組合が結成されたのは被申請人が始めてである。

被申請人は昭和三二年一一月山恵労組が右市場会社に解雇問題が生じたとき、その被解雇者を支援したことを理由に山恵労組内の活動家二名を解雇した。

右解雇は明らかに不当労働行為であつたから、山恵労組はこの解雇を争つたが、組合の力が弱かつたので、結局被解雇者二名も自己の解雇を承認してしまつた。

2 この事件を契機として山恵労組員は、市場会社やこの市場に集る各問屋に働く労働者を横断的に組織した合同労組をつくる必要を痛感していたところ、たまたま昭和三三年初頭被申請人と同様市場会社との契約によりその市場内に取引の場所を有する木材問屋業者である佐藤木材株式会社(以下、佐藤木材という。)の従業員に組合結成の気運が動いたので、申請人は、被申請人、佐藤木材の従業員からなる合同労組の結成のため積極的に努力した結果、同年二月二五日木材業界においては始めての合同労組である東京一般中小企業労働組合連合新宿木材労働組合(以下、合同労組という。)が結成され、山恵労組は右組織へいわゆる発展的解消をとげ、申請人は合同労組の初代の執行委員長となつた。

3 佐藤木材は合同労組結成直後組合幹部三名の解雇を通告したが、合同労組は団体交渉によりこれを撤回させた。

同年三月七日合同労組は佐藤木材に対し、勤時務間の明確化、残業の割増賃金の支給、週休、生理休暇の完全実施、月給制の確立の要求を提出し、団体交渉を重ね、佐藤木材は一応右要求を承認しながら、協定書作成を拒否していたが、同月一六日(イ)営業が不振であること、(ロ)労働組合をつくられて業者間に顔向けができないことなどを理由として同年四月一六日をもつて会社を解散し、同日をもつて従業員全員を解雇する旨の通告をするに至つた。

合同労組はかかる解散と全員解雇は組合壊滅をはかる手段にすぎないとし、佐藤木材に対し解雇の撤回を要求して争議に入り、市場会社の木材市場に面した組合事務所に赤旗を立てビラを配布したので、右市場に集まる客の関心は佐藤木材の争議に集中するに至つた。

4 市場会社は佐藤木材における争議が取引業者に悪印象を与えることをおそれたこともあり、また佐藤木材の代表取締役佐藤裕太郎が市場会社に八〇万円を出資し、同社の専務取締役であつて、市場会社に強い発言力を有していたためとにより、市場会社は何とかして合同労組を壊滅させようとして、同組合の最高の指導者である申請人を組合から追い出そうとし、被申請人の代表取締役松本寛一郎に対し申請人を解雇しなければ被申請人の市場会社との取引を禁止すると申請人の解雇を要求した。

5 ところで被申請人の如き木材問屋間では労働基準法を無視して労働者に苛酷な労働条件を押しつけるのが通例であつて、労働組合を結成すること自体がけしからぬことと感ぜられており、また始めて組合を作られてしまつた被申請人は同業から嘲笑と非難を受けていたので、被申請人は山恵労組が合同労組に発展し、前述の組合活動が展開されて来るにつれ、ますます合同労組を憎悪し、合同労組の中心人物である申請人を組合から追い出そうと考えていたが、たまたま前述の如き市場会社からの要求を受けるや、これに力を得て申請人を解雇するに至つたものである。

6 従つて被申請人の常務取締役松本将靖は昭和三三年四月二五日申請人解雇の理由としてビラ貼りなどをやめるように注意したのにやめなかつたからという説明をしたり、或いはその後においても被申請人は申請人を解雇しないと会社が潰れるからとか解雇権のあるものは自由に解雇できるからという以外に申請人解雇の理由を説明することができなかつたのである。

7 以上のすべての経過から見れば、申請人に対する解雇は、申請人が正当な組合活動を行つて来たことに対してその活動を麻痺させる目的でなされたことは明白であつて、かかる解雇は労働組合法第七条第一号の不当労働行為を構成し、無効である。

(二)  仮に本件解雇が不当労働行為でないとしても、何等理由のない解雇であるから解雇権の濫用として無効である。

三  以上のとおり申請人に対する解雇は無効であり、被申請人との間に雇用関係が継続しているのにかかわらず、被申請人から従業員として扱われないことは申請人にとつて重大な損害であるから、申請の趣旨前段の地位保全の仮処分を求める。

また被申請人は申請人が解雇後も就労したり或いは就労の申出をしているのに故なくこれを拒否しているから、申請人は少くとも解雇当時受けていた月二一〇〇〇円の給料と同額の給料請求権を失わないものである。

申請人は給料のみにより生計をたてているものであるから、その支払を受けなければ、申請人は生活を保持することができないので、申請の趣旨後段の金員支払の仮処分を求める。

第三被申請人の答弁

一  申請理由第一項の主張事実は認める。

二  申請理由第二項について

1  被申請人と佐藤木材が市場会社との契約によりその市場内に木材の委託販売のための場所の提供を受けている木材問屋であること、佐藤木材の代表取締役佐藤裕太郎が市場会社の専務取締役をしていることは認める。

2  山恵労組が昭和三二年六月一六日結成されたことは認めるが、被申請人の現場人夫七名、女事務員一名で結成されたものである。

同年一一月市場会社の解雇問題について、山恵労組員が同社に押しかけて問題を起したことがあるが、被申請人の従業員二名の解雇はこれとは関係がなく、被申請人の経営上の都合によるものである。

右解雇については、山恵労組の申立による東京都地方労働委員会の斡旋により、被解雇者もこれを円満に承認したもので、右解雇が不当労働行為と称せらるべきものではない。

3  申請人が合同労組の執行委員長であること、佐藤木材が解散し、その従業員全員を解雇したこと、これにより同社と合同労組との間に紛争が生じたことは認める。

4  合同労組が右紛争に伴い申請人主張の如き行為をしたことは認める。

なお、同組合は市場会社、関係問屋の信用を毀損する事実に反する内容のビラを配布したものである。

5  その余の申請理由第二項の主張事実はすべてこれを争う。

三  申請人の解雇理由

(一)  申請人はかねてからその勤務振りが良くなかつたが、合同労組と佐藤木材との紛争に際し、申請人は被申請人の指示に反して市場会社の市場内にほしいままに事実に反する内容のビラの配布、貼附をし、市場会社、各問屋の業務を妨害し、その信用を毀損する宣伝を行つたが、これがため被申請人は市場会社等から申請人を解雇しなければ経営上の破綻を免れない立場に追い込まれ、これを避けるためやむを得ず申請人を解雇したものであつて、申請人を解雇しないでおくことを当時の被申請人のおかれた立場上これを期待することができなかつた状況にあつたものであるから、本件解雇は解雇権の濫用ではなく、またもとより不当労働行為を構成する筋合でもない。

(二)  すなわち

1 申請人は平素から勤務に積極性がなく、作業能率が低い上、勤務時間中平気で作業を放棄することが多く、これを注意しても逆に反抗的態度を示し、反省の色が見えなかつた。

2 申請人は合同労組の委員長として佐藤木材との紛争に際し市場会社施設内において、同社や各問屋の業務を妨害し、かつ、これらのものが莫大な金額にのぼる残業手当を「猫ばば」しているなど全く事実に反するビラの貼附、配布をして被申請人、市場会社および各問屋の信用を毀損した。

3 被申請人は市場会社との契約に基き同社の施設内に事務所と木材置場を与えられ、市場会社の統制に服して木材の委託販売の業務をとつているもので、一般企業のように独自の事業場を有しているわけでなく、経済的にも市場会社からかねて金四九〇万円の手形融資を受けて、これにより辛うじて金繰りを継いて来た会社である。

4 ところが佐藤木材の解雇問題にからんで、合同労組が市場会社、問屋の信用を害するビラを配布、貼附し、市場内の秩序を混乱させるに及び、市場会社を支配する買方組合から市場会社に対しこれに関する措置の要請があり、市場会社は昭和三三年四月一〇日、同月一四日の再度にわたり被申請人に対し合同労組の執行委員長である申請人の処分を要求し、これに応じなければ市場から出ていつて貰う旨明言した。

被申請人はこの要求に接して苦慮していたところ、市場会社から同月一九日前記四九〇万円の融資金の内金二三〇万円の手形の書換を拒否する旨通告されたが、被申請人専務取締役から懇願の末その時はことなきを得たが、今後の手形書換を期待し得ない状況が観取された。

同日夕刻被申請人の社長は市場会社に呼びつけられ、申請人を早急に解雇すべきことを厳重に要求され、万一それができないなら東京新宿木材市場株式会社業務規程により市場から除名する旨の通告を受けた。なお、市場会社はその旨を同月二二日書面で被申請人に通告をして来たが、その頃より被申請人の従業員は市場会社から冷酷な扱いを受け、被申請人の業務の遂行に支障を来すに至つた。

(三)  以上のとおり、市場会社の申請人解雇の要求は市場会社からの排除、手形融資の停止の措置を伴つているので、かかる措置を現実にとられては被申請人の経営は直ちに破綻し、申請人を含めて二〇余名の従業員の全員解雇を招来することは明白であつた。

被申請人は新宿市場を去つて、他の市場へ移ることも真剣に討議したが、現在の如く問屋の競争の激しい時代には不可能であることが判明した。

このような会社の破滅による従業員の全員解雇か申請人の解雇かの岐路に直面して被申請人は後者の途をとつたのである。

被申請人がこの途を選んだのは、市場会社の指示に従つたというのではなく、被申請人の経営上やむを得ない都合によるものであつて、この場合申請人を解雇しないことを被申請人に期待することは不可能であつた。

四  従つて、本件解雇は企業を破綻から救う目的でなされたもので、解雇権を濫用したものでなければ、不当労働行為を構成する筋合でもない。

以上のとおり、被申請人と申請人との雇用関係はすでに終了しているのであるから、雇用関係の存続を前提とする申請人の本件申請は失当である。

第四立証〈省略〉

理由

一  申請理由第一項の事実は当事者間争ない。

二  解雇の無効の主張について

(一)  市場会社との契約により同社の市場内に木材の取次販売のための場所の提供を受けて取引をしている木材問屋である被申請人の従業員の一部が昭和三二年六月一六日山恵労組を結成したことは当事者間争なく(成立に争ない甲第六号証によれば、昭和三二年一一月当時の組合員は六名)、同第六号証によれば、佐藤木材(同社が被申請人と同様の営業をしている木材問屋であることは当事者間争ない。)と被申請人の従業員の一部は昭和三三年二月二五日合同労組を結成し、申請人をその執行委員長に選出したことが認めら、同年四月一五日すなわち申請人の解雇当事申請人が合同労組の執行委員長であつたことは被申請人の争わないところである。

(二)  成立に争ない甲第六号証、同乙第三号証の一、二、三金額訂正部分を除くその余の成立について争がなく、成立に争ない甲第九号証により右訂正部分も真正に成立したものと認める甲第一号証の一とを綜合すれば、(イ)佐藤木材は昭和三三年三月一〇日頃経営不振を理由として会社を解散し従業員全員を解雇する旨発表し、同年四月八日頃からその従業員の就業を拒否したので、合同労組は佐藤木材に対し争議に入り、市場会社の木材置場の傍にある佐藤木材の建物内の組合事務所に赤旗を立て、佐藤木材の建物、市場会社の材木置場等に「権利を主張しよう」と題するビラを貼り、又は市場内に出入する労組者に同様のビラを配布したりしたこと、(ロ)そのビラの内容は市場会社、関係問屋に労働基準法違反殊に残業の割増賃金の未払の事実があり、これを労働基準監督署その他の機関に取り上げて貰い、市場内の労働基準法違反をなくそうという趣旨であつたが、残業手当の未払の説明として、市場会社等の従業員は毎日九時間の労働を余儀なくされているから、結局少くとも毎月一五時間の残業をしていることになり、月給一万円(時給五〇円として計算)の者は過去二年間に労働基準法第一一四条に定める附加金と合計して金一五万円の残業の割増賃金の支払を受けていないことになるという計算違い(右の例による計算をすれば右の未払は七五〇〇〇円となる。)をしたビラが何枚か金額を訂正されないまま配布されたことがあり(ただし、右の計算違いは後にビラを配布して訂正した。)、かつ、右計算違いをしたビラには使用者が右賃金を「猫ばば」しているとの表現もあつたことが認められる。

(三)  成立に争ない乙第一号証、同第一五号証、同号証により真正に成立したものと認める乙第四号証、および弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第一四号証を綜合すれば

1  市場会社の大西社長その他の同社幹部は昭和三三年四月一〇日被申請人の社長松本寛一郎を市場会社に招致して、合同労組の配布したビラのうち市場会社ないし問屋が残業手当を払つておらず、その未払額一人二年間に一五万円であるとの内容のものは事実無根のことを誇大に宣したもので、これにより市場会社ないし各問屋の信用を毀損されたが、このビラの配布等は申請人が首謀者となつて行つたものであり、かかる事態を招来したのは結局被申請人の労務管理が悪かつた結果であるから、申請人を解雇するように、もし申請人のような者を使つているなら、市場から出ていつて貰いたいという話をしたこと

2  同月一四日市場会社と関係問屋の会議が行われた際、右大西社長から被申請人社長に対し、申請人が首謀となつて市場会社ならびに各問屋で従業員一人二年間に一五万円の残業手当の未払があるとのビラを貼つたため市場の信用は失墜し、買方はストライキ中のところへ店員を派遣するのをいやがり他の市場に移る傾向を生じ、荷主も市場会社の労働問題について問い合わすなど集荷の上にも不便が生じたが、かようなことをした申請人をなぜ被申請人をなぜ被申請人は黙つて見ているのか、被申請人がその従業員においてかようなことをするのを放置しておくのは問屋として不都合な行為があることに該当するから、東京新宿木材市場株式会社業務規程第二二条により被申請人との契約を解除するようなことになるから、早急に申請人を解雇するようにとの話があつたこと

3  被申請人は約二年程前から市場会社に不動産等を担保として提供して同社から合計四九〇万円の約束手形の振出を受けてこれにより金融を得ており、右約束手形の満期ごとに市場会社から同額の約束手形の振出を受けこれを利用して満期の到来した約束手形を決済していたところ、同月一九日被申請人の専務取締役松本政治が市場会社大谷経理部長に面接し、さきに市場会社から振出を受けた金二三〇万円の約束手形の満期が迫つたので、新たに同額の約束手形の振出を依頼したところ、同部長から拒否されたので、その理由を聞いたところ、実は申請人がつまらぬことをするので大西社長が立腹して手形を被申請人に渡すなといつているからという説明を受けたので、非常に驚き懇願した結果ようやく市場会社から約束手形の振出を受けたが、同部長から今回はともかく、今後の約束手形の振出は困難であるとの説明を受けたこと

被申請人の経営上四九〇万円の手形融資の途を絶たれた場合は、被申請人には他に金融対策の見込もないので被申請人の経営は破綻を生ずるものであること

4  同日晩市場会社の大西社長は、同社専務取締役(佐藤木材の代表取締役であること当事者間争ない。)常務役、買方組合の理事長等と共に被申請人社長松本寛一郎に対し「申請人を解雇するように、それができないなら、前記業務規程によつて市場会社との契約を解除する。」と強く申し渡したため、松本社長も申請人を解雇することを承諾したこと

5  同日夜松本社長は他の被申請人の役員と協議したところ、申請人を解雇することも相当の紛糾が予想され一朝一夕にはいかないことは予想したが、さりとて他の木材の市売市場へ移ることも被申請人の経営上到底不可能であるとの結論に達したこと

6  同月二二日市場会社の大西社長は内容証明郵便で被申請人に対し、被申請人の「労務員の行動が市場会社の業務に影響を及すこと甚大であり、従つて各問屋の業務も妨害されていることについて、これまでその粛正方を申し入れて来たが、依然右の行動は改善されず、……これは結局被申請人がその労務者に対する指導、監督ならびにその他の措置が当を得ないことに基くものであり、これは前掲業務規程第二二条に所定の問屋として不都合な行為ありたるときに該当すると認めざるを得ない。急速に右の行動を壊滅させるよう要望する。万一そのことが実現しないときは被申請人との契約を解除することとする。」との通告をしたこと

7  被申請人はこの書類を見て申請人を解雇する外ないとして同月二六日申請人に解雇をいいわたしたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる疎明はない。

8  申請人は、被申請人自身も申請人の組合活動を嫌つていたところ、市場会社等の申請人解雇の要求に力を得て本件解雇をしたものと主張し、これを推認させる事情として被申請人が昭和三二年一一月山恵労組の活動家二名を同人等が市場会社の被解雇者を支援したことを理由として解雇したと主張し、これにそう成立に争ない甲第六号証を援用している。

しかし成立に争ない乙第一二号証によれば、右解雇に関する紛争は結局同年一二月一九日東京都地方労働委員会の斡旋により、被申請人が被解雇者二名に総額一六二〇〇円の餞別を交付することにより解決した結果から見て、甲第六号証中のこの点に関する供述記載に信憑力があるものと考えることは困難であつて、他に右主張事実を肯認するに足りる疎明はない。

(四)  以上の経緯によれば、被申請人を解雇しなければ市場会社から契約解除、手形融資の打切り等の経済的圧迫を受け、到底被申請人の経営を維持して行くことができないものと考えて申請人を解雇したものと認めるのが相当である。

しかしながら他方(イ)かかる事態の発端は申請人の組合活動にあるものであり、(ロ)その組合活動として配布したビラの中に一部計算違いの結果、申請人のいうとおりの残業代の未払があるとしても、その未払額を三倍以上に過大に算出した欠点はあつたにせよ、かかる欠点は成立に争ない乙第一五号証(松本寛一郎審尋調書)によつても判るように、被申請人の如き同業の経営者さえ申請人が解雇されなければならない程重大な過失であるとは考えなかつた程度のものであるし、(ハ)また市場会社等の申請人を解雇するようにとの要求は、前記認定のとおり被申請人が消極的ながらこれに抵抗したことからも判るように被申請人の経営者にとつてさえも必しも正当な要求とも考えられなかつたことと前認定の諸事情を綜合して見れば、市場会社等は申請人等の争議行為自体ないしは右争議により市場内の取引が不円滑となつたこと(本件に現われた疎明の限度においては合同労組の争議の手段が第三者に対しこれによる不便を忍受することが期待できない程度のものであつたと認めるに足りる疎明はない。)、又は合同労組が市場会社ないしは問屋に対し労働基準法違反を点検する運動をしたことを嫌悪して、申請人の組合活動を封ずるために被申請人に申請人の解雇を要求し、その実現をはかるため、被申請人をして申請人を解雇せざるを得ないように経済的圧迫を加えたため、被申請人が申請人を解雇したものと認めるのが相当である。

かかる一連の事態から見れば、市場会社、問屋等の組織された意図は不当労働行為の意図で被申請人に対し、申請人を解雇せざるを得ないように経済的圧迫を加え、その結果被申請人が申請人を解雇することにより、ないしは被申請人会社が潰れ従業員を解雇することにより、右組織された意図の実現を見るというべきであるから、右の一連の行為は不当労働行為を構成し、被申請人もかかる事態を認織しながら(前記認定の諸事情からこのように推認するのが相当である。)、申請人を解雇することにより右不当労働行為の実現に寄与したものというべきである。

しかし、被申請人が申請人を解雇した当時の状態における被申請人の立場を考えて見れば、被申請人は申請人を解雇するか経営に破綻を来すかの瀬戸際に追いつめられて遷延することが許されなかつたのであるし、いずれの途を選んだところで申請人の解雇の結果は生じたのであるから、被申請人は不当労働行為を企図した組織された意思の主体ではなかつたと認めるのが相当であるしまた理論上かように考えらるべきものとも思われない。

かような解雇の意思表示、すなわち解雇権を行使する者にとつては不当労働行為に奉仕することの認識がある場合でも、解雇は自己の経営の破綻を免れるため、やむなく行うものであり、解雇を強制した者にとつてはこれによつて不当労働行為の意図が実現するという解雇の意思表示の私法上の効果をいかに考えるべきであろうか。

一般に不当労働行為を構成する解雇の意思表示が無効と解せらるる理由は、使用者において解雇の意思表示をする目的が団結権の侵害にあつて、結局憲法第二八条によつて表明せられている公の秩序に反するものとして権利濫用の評価を受ける点にある。

ところが本件においては被申請人が申請人を解雇した意図は自己の経営の保持にあつて、自ら労働者の団結権の侵害を企図してなしたものではなく、たとえ被申請人が申請人を解雇することにより他人の不当労働行為の実現に寄与することの認識があり、その限度において本件解雇が不当労働行為の一環を構成し、被申請人が労働委員会の救済命令の名宛人の一人となるべきものであるとしても、被申請人が申請人を解雇しないで自己の経営を維持できたと認めることのできない本件においては、被申請人が自己の経営の維持を望み、申請人を解雇したことをもつて、社会的に不相当な解雇ということはできず、従つて解雇権の濫用には該当しないものと考えられる。

以上のとおり本件解雇は不当労働行為の一環を構成するものであるとしても、本件解雇自体は無効であるとはいえないし、また申請人主張のように「理由のない解雇」として権利の濫用にあたるとも認められない。

三  被申請人が昭和三三年四月二五日申請人に対してなした解雇が無効であるとの申請人の主張はすべて理由がないから、両当事者間の雇用関係は右解雇により終了したものというべきであつて、結局申請人が本件仮処分により保全しようとする本案の権利について疎明なきに帰するというべきである。そして申請の如き仮処分をするのを相当とは認められないから、本件申請を却下し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 伊藤和男)

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